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2020年3月15日 (日)

fnnも劣化したもんだ

fnn(フジニュースネットワーク : フジテレビをキー局とする、日本の民放テレビ局のニュースネットワーク)が先日の森法相の「逃げた」発言を擁護する記事を書いていた。

「大震災9年の節目」に国会空転 森雅子法相「検察官は最初に逃げた」発言の背景と当時の事実関係
https://www.fnn.jp/posts/00050738HDK/

ちょっと読んで、一瞬「こんな弁解の仕方もあるのか」と感心したが、読み進むとfnnの主張はやっぱり破綻してるな、と思ったしだい。
詳しく話す前に「逃げた」発言の経緯を簡単にまとめておこう。


東日本大震災の時、福島県いわき市の検察は庁舎を閉鎖して近隣の郡山支部に避難し、また勾留中の容疑者を釈放するということがあった。当時の国会で、森議員(当時)はこれを指して「検察官は最初に逃げた」「理由なく釈放した」と当時の民主党政権に質問している。
実際には、震災で検察庁舎には甚大な被害が出ており、多くの人が住居を追われて避難している中で関係者を探し出して事情聴取するなどの業務ができなくなっていたための措置であり、また釈放については、拘留期限内に送検できないなら拘留を続けられない法の規定によるものであった。
これらは当時の国会で答弁され、質問者の森議員も当然聞いている。

そして9年が経とうとする先日、国会では検察に関する政策変更について質問があり、担当大臣となっていた森法相は変更が必要な理由として、(関連がはっきりしないながら)前述のいわき市の検察の例を挙げ、「検察官は最初に逃げた」「理由なく釈放した」との主張を繰り返した。
そのため野党は「それは事実なのか」と騒然となり、政策論議以前のところで紛糾してしまった。


この自殺点献上の森法相の発言を擁護するのが前述のfnnの記事なのだが、その主張の要点は、「逃げた」と「避難した」の実際上の線引きは曖昧(あいまい)で表現の問題ともとれることと、当時の現地の人の感情では「逃げた」と思うのもやむを得ない、と言うことの2点である。
しかし、震災直後の頭に血が上ってる時の発言なら「逃げた」と受け取るのもまだ分かるが、9年前の国会質問時に事実関係が指摘され、自民党も公式に「逃げた」が間違いであることを認めているのに、9年経って彼女はまた検察批判の第一の根拠として持ち出したのだ。これをいまだに「当時の現地の人の感情」を理由に擁護しようとするなら、fnnは、周囲で認められてない「逃げた」を国政判断の根拠にする所まで正当化、擁護してやらなければ片手落ちだろう。
またfnnは、もうひとつの論拠である「逃げた」「避難した」の線引きがあいまいなことをもって森法相の「逃げた」発言を許せと擁護するが、ならば線引きできないあいまいなことを根拠に検察を非難するのはOKなのか。これは自分の主張が自分に返ってきた悪い例だ。
また、先日の国会で問題となった森法相のもうひとつの発言「理由なしに釈放した」については、発言があったことは書いているが、森法相の発言が問題になっているとは読み取れない。森法相のこの発言については、「理由なく」ではなく、やむを得ないことが明らかであり、森法相を擁護する余地がなかったので、fnnはあきらめてさらりと流したのだろうが、2大問題の一つをスルーでは全く穴だらけだ。

* * *

今回のfnnの記事は、自民党を擁護したい気持ちが先走って、破綻した論理のまま記事にしてしまったものだろう。
「ジャーナリズムは不偏不党でなくてはならん」などといきり立つほど私はうぶでないが、ジャーナリズムの看板を掲げるなら、それを努力目標にするか、せめて建前として守るポーズくらいは見せるべきでないのか? これが毎日や朝日新聞なら、民主党政権の間でも政府を批判したし、自民党の議員の失言でも叙情酌量の余地があるならその点を指摘していた。(私は見た覚えがある。)
fnnも、自民、野党の立場を逆にして同じことをしろとは言わんが、以前なら自民に都合の悪いことは無視するだけで、こんな見苦しい記事を敢(あ)えて書いたりはしなかっただろう。自社の偏向をこんなにもあからさまにしてしまって、開き直ったのだろうか。「そんなことをしても許される」といった奢り(おごり)があるようにも思う。

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コメント

>「理由なしに釈放した」については、発言があったことは書いているが、森法相の発言が問題になっているとは読み取れない。

「いやいや、fnnの記事には、釈放した事が問題だって書いてあるよ」と、ある所から指摘があったので補足しておこう。
そう、確かに9年前に検察が容疑者を釈放したことと、それが問題なのではないかということをfnnの記事はかなりの字数をさいて書いているが、先日の森法相の「理由なしに」発言は引用する形であっさりと1回あるだけで、その発言が2大問題のひとつになってることには触れていない。そこに触れてしまうと、理由が無いどころか、やむを得ない理由があったことを、fnnは自分の口で言わなくてはならなくなるので、用心深く避けたのだろう。
実際は、拘留期限内に書類送検できなければ釈放する法の規定があるので、釈放はやむを得なかったのだ。
fnnと森法相は震災という特殊事情を勘案すべき、と言いたいらしい(これもはっきりとは主張していない)が、震災があっても無くても証拠不十分で釈放される容疑者はいるわけで、当然その中から再犯するものもいるわけで、それらは良くて震災の時はダメとする理由を彼らは何も言っていない。(*1)
さらにいうと、fnnも森法相も「問題だ」と言っているが、何が問題だったのか(法律か行政か)の分析も、どうすべきだったかの提案もない。
それも当然だろう。彼らは民主党政権が問題だったことにしたいのであり、法に問題があって直すべきなんて結論に興味はない。ところが、理屈をどうひねくっても民主党のせいにできないものだから、「問題だ、問題だ」と匂わせるだけで、分析も提案もほっぽって知らんぷりなのだ。

*1 改めて言うまでもないが、拘留期限の定めがあるのは、為政者の恣意的な運用で、証拠もない人間を長期や無期限に拘留されることを防ぐためである。釈放した中から再犯者が出る事も当然考慮し、長年の議論の上で、それでも拘留期限を設けることを優先したのがこの法律の精神であり、そこを問題視するなら法律の改正を正面から主張するのが筋だろう。

BSフジのニュース番組で解説員をやってるフジ取締役の反町氏、第三者委員会の調査で後輩女性2人に対するセクハラとパワハラを認定された。この件、当時フジ社内で揉み消されて反町氏は何のお咎めもなしで、その後、取締役にまで昇進したので、権力によってクロをシロにしてきたと言ってもいいだろう。
こういう人がニュースで、特に政治に対して、どんな批判を(あるいは肯定を)してきたのか、ちょっと興味がある。
ちなみに反町氏、調査委員会のパワハラ認定後、永田町の議員会館を回ってたそうで、「有力議員に泣きつきに行った」なんていう人もいるが、さすがにそれはうがった見方だろう。「私はもうこれでおしまいです。今までありがとうございました」との挨拶回りでないかと思うが、そうやってお世話になった人が権力側なのも、この人の解説がどっちを向いてたのかを示していそうだ。

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